「Sphery Rendezvous」直井由文インタビュー

2025.12.10

――「Sphery Rendezvous」ツアーを振り返って、どんなツアーになった感触がありますか? 直井:メンバーとスタッフとリスナー、全員で作り上げたツアーでした。いつも思うことですが、今回は特に強く思いました。1年で全く違うツアーを2本やったことも、ほぼ1年中ツアーをやるということもなかったし、やはり自分ひとりの力では絶対できなかったことなので。そういう意味でメンバーとスタッフとリスナーに、本当に深い感謝がありました。より深く繋がれた感じはありますね。 ――ツアーが決まった時の話を聞かせてください。「ホームシック衛星2024」と「Sphery Rendezvous」の2つのツアーをやることが初期段階から決まっていたんですか? 直井:ツアーをやりたいという気持ちがまずあってというところで、藤原君が僕ら結成28年目だから「ホームシック衛星」のツアーをやりたいと言って。前半はそれにしようということが決まりました。そこから「Iris」というアルバムが完成して、それに伴って「Sphery Rendezvous」というツアーをやろうということになったんですよね。 ――全然違うコンセプトのツアーを2つやるのって、今までと比べてどうでしたか? シンプルに大変だったんじゃないかと思うんですが。 直井:個人的にはすごく大変でした。その分、本当に楽しかったというのも大きいです。「ホームシック衛星」のリバイバルをやろうとなった時に、まずスタッフとメンバーでどういうものにしようか、とことん話し合って。演出をお願いした山田健人監督と、グッズを作ってくれている8%のチームにも相談したんですけれど、山田監督と8%チームが言ってくれた言葉がすごく印象的だったんです。「リバイバルツアーができることってすごいと思います。だってリバイバルできるほど歴史があるってことじゃないですか」と言ってくれて。そんなことにも僕は気付いてなかった。というのも、「orbital period」はすごく昔のアルバムなので、それを聴きに来てくれる人がいるかどうか、かなり不安があったんですよ。でも、周りのスタッフたちが「大丈夫です」「むしろ待ってました」と意見をくれて自信が持てた。だから、感謝というのは、自信を持たせてくれたというのも大きいですね。 ――「ホームシック衛星 2024」も「Sphery Rendezvous」も共通して山田健人さんがステージ演出、8%がグッズなどのビジュアルやアートワークを担当していますよね。これは最初から決まっていたんでしょうか? 直井:そうですね。スタッフとメンバーで前から一緒にやりたいよねという話をしてました。8%も同じです。彼らは『ONE PIECE ALL FACES』のデザインとか、いろんなアートワークやグッズのデザインをやっていて。一方で彼らはアート集団でもあって、アブストラクトな展示もやっている。そのバランス感も含めて、一緒に仕事したいとずっと思っていたチームで。憧れの人、憧れのチームと仕事できる喜びもありました。特に初めてのリバイバルツアーの「ホームシック衛星2024」で僕らが大事にしていたのが、当時とかけ離れたものにしたくないということだったんです。当時の映像を観たら、演奏がいくら稚拙であっても、そこに自分たちの荒削りな衝動があって、当時にしか出せない最高のグルーヴ感があったんですよね。今はもっと上手に弾けるけど、このエモーショナルな感じは今は出せない。だからこそ、今の僕ら4人ができる「ホームシック衛星」のツアーができたらいいなという。その上で、過去を知っているし、ずっと好きでいてくれた山田監督や8%と一緒にできた。彼らは若かったから当時ライブには来てないんですよ。でも「国語・算数・理科・BUMPで育った」って言ってくれて。そういう人たちにしかわからないBUMP OF CHICKENってあるじゃないですか。僕らとしてはリバイバルで昔を再現したいけど、それだけじゃやっぱり足りないから、彼らは新しく見つけてくださった人たちが退屈しないように、でも世界観を壊さないようにということを一生懸命考えてくれた。だから、今回の2つのツアーができたんだなと思っています。 ――「Sphery Rendezvous」は3ヶ月にわたるツアーで、しかもドーム、ホール、ライブハウスという様々な場所を回るツアーでした。それぞれの違いも大きかったんじゃないかと思いますが、この辺りは振り返ってどうでしたか? 直井:まず、ドームツアーをやらせてもらえる喜びと感謝はとてもありました。僕らのツアーではホールでやったことなかったので、今回が初めてのホールでのライブだったんです。そういうところでやらせてもらえるのも嬉しいことで。で、ライブハウスは、当然ずっとやり続けてきたものなので。ただ、おっしゃる通りやり方は違うんですよね。 ――たとえばドームツアーを開催するとなったら、ドームだけを回る、もしくは主要都市のドームとアリーナを回るツアーを組むパターンが多いと思うんです。でも、BUMP OF CHICKENのツアーは毎回ライブハウス公演を交えている。で、今回はそこにホールも加わった。そういう規模の会場でやることにも意図や思い入れがあるんじゃないかと思うんですが。 直井:ドームツアーって、会場が少ない上に人気なので会場を押さえるのがとても大変なんです。何とか押さえられたとしてもライブとライブの間が空いてしまうんですよね。でも、僕ら4人はライブ感を切らしてしまうのが苦手なバンドで。ツアーが決まったらコンスタントにライブやりたい派なんですよ。だけど、ドームだけだとそれは難しい。もうひとつ大事なこととして、ドームだけでは触れられない場所でもライブをしたいというのもあります。今回ホールでやったのは、そういう目的もありました。 ――ライブの感じはやはり変わってきますか? 直井:全然違いますね。反響というか、音が後ろに届くまでの距離が違うんです。ライブハウスだとほぼないし、ホールでもそんなに感じないんですけれど、ドームだと花道の中央で演奏した音が0.何秒遅れてくるみたいな感覚がある。ドームはそのディレイ感を理解していないと難しいです。でも、ホールではそのディレイ感がほぼないので、奥に届けるぞという気持ちで弾きすぎてしまうと、退屈なライブになってしまったりする。映像とか演出もより生身の感じになってくるし、見せ方、聴かせ方、曲の届け方は細かく違うと思います。あとは、アンコールの候補曲もたくさんあって、ほとんど違う曲をやっていたのもエキサイティングでした。 ――個人的に記憶が強く残っている場所はありますか? 直井:やはり埼玉ベルーナドームですね。まず、想像していた以上に気温が高かった。ドームツアーとか大きい会場でやる前には、ゲネプロという、本番と同じことをスタッフだけでやる日があるんですね。それが9月6日だったんですよ。ということは、僕らからすると本番に近い形でやるので、6、7、8日の3daysやることになる。ただ、6日が猛暑だったんですよね。本当に暑くて。その前からスタッフたちはステージを組んでテストをしてくれていたし、6日もステージに送風機を用意してくれたり、みんなが気を遣ってくれて。初っ端からハードな環境だったので、そこで一体感が生まれたのはありました。で、7日の当日はゲリラ豪雨だったんですよね。ベルーナドームは本当に好きな会場なんですけど、豪雨が来たら逃げ場がないんですよ。しかも雨が止んだらめちゃめちゃ暑くて。「みんな、ごめん」と思ったけれど、天候まではやっぱり操れないし。過酷すぎる2日間をスタッフとリスナーと乗り越えて、楽しく元気にやりきった。そこから絆が生まれて最高のツアーを始められた。それでベルーナドームはとても印象に残っています。 ――MCでもツアー中は体調管理に気を配っていたという話をしていましたけれど、ツアー中の過ごし方はどんな感じなんでしょうか? オフステージのライフスタイルというか。 直井:まず、友達と遊びに行くのはなくなるし、旅行も行かないです。ツアーが始まると、その合間に身体のケアをする。ジムに行ったり、整体に行ったりする。これらは当たり前のことだし、自分がやりたくてやっているのは大前提として、単純に時間がないんですよね。スケジュールに空きがなくなる。でも、リラックスしないのも良くないことなので、僕の場合は大好きなアニメを観たり、好きなライブを観に行ったりします。音楽が好きだし、エンタテインメントやカルチャーは大好きだし、常に刺激を受けていたい。そういうところは我慢しないです。 ――せっかくなので、アニメや音楽のお気に入りについても聞きたいです。これを読んでいる方にも、これをきっかけに新しいアーティストや作品への出会いがあったらいいなと思うので。ツアー中にはどんな音楽を聴いていましたか? 直井:「Sphery Rendezvous」のツアー中はAge Factory、AFJBをよく聴いてました。ライブもガンガン行ってたし、AFJBでは結構前方でモッシュしてました。 ――直井さんから見たAge FactoryやAFJBの魅力は? 直井:Age Factoryのライブの良さは、常にゼロ距離でリスナーとバンドが一体になって曲に対して没頭していくところにあって。彼らにしか作れないグルーヴがあるという。AFJBに関しては、ミクスチャーって最高じゃないですか。AFJBは2000年代当時の熱を正統的に進化させてるのがすごく格好いいなと思って。ライブを観ていても熱い気持ちになるし、すごく進化しているなと思いました。 ――アニメや漫画はどうですか? 直井:シーズンが始まったらアニメは全部観るんですけど、この時期は『負けヒロインが多すぎる!』でした。これが良すぎて、スタッフにすぐLINEしました。とんでもないことが起きてる、世界が変わるぞ、やっぱりラノベはすごいぞ、と。僕の中の勝手なセンサーがピキピキ反応してしまうというか。今は『その着せ替え人形は恋をする』ですね。もちろん原作が素晴らしいというのはあるんですけど、そこからなんでここまで純度高く引き上げられるんだろうという感動があって。『チェンソーマン レゼ篇』も最高ですね。『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 』第一章 猗窩座再来』もそうですけれど、なんでこんなアクションシーンを思いつくの? なんでこんな風に次々と新たな発想がつながっていくの?とか、そういう興奮がある。最近はめったに出会えないようなことが起きまくっていると思うんです。それを見逃さないようにしてればどんどん味わえるし、逆に自分がアンテナを立ててないと見逃してしまう。そのレベルのことが起きているなと思います。 ――ツアーの話に戻ります。セットリストの中で、個人的な思い入れが強い曲、プレイヤーとして気持ちいい曲など、そういうのはどうでしょうか? 直井:全体的に、今までで一番いい演奏ができたツアーでした。1年間、ステージが日常になるくらい多くのステージに立たせていただいたので、これ以上ない演奏をすることができた。それが自分としては涙が出るほど嬉しかったです。昔ほど身体を動かしてアピールすることも少なくなってはいるんですけど、今はその曲の素晴らしさをみんなに届けたいと思っているので。今回のツアー全ての会場において自分のベストプレイが常にできたのが本当に嬉しいです。で、その中でも印象的だった曲は、やはり「レム」かなと思います。 ――「レム」は「ユグドラシル」収録曲で、ここ最近のライブではやってなかった曲ですね。 直井:実は今回のツアーが初めてなんです。自分たちの楽曲の中には藤原君の弾き語りの曲がいくつかあって、それらは比較的ライブでやってこなかったので。特に「レム」は今だなと思ったんです。メロディも歌詞も、当時の言葉なのに色褪せないものがある。で、弾き語りでもいいけど、これはバンドでやりたいって言ったんです。で、1日スタジオにこもって、当時のトラックに打ち込みを足したり、僕が生のベースを弾いたりして、大体のアレンジを3時間ぐらいでやったんですよ。めちゃくちゃ楽しかったです。 ――ライブバージョンは原曲とは違う激しいバンドサウンドになってましたが、これは? 直井:これは藤原君にイメージがあって、ちゃんとゴリゴリな感じでやりたいんだよねっていう。シューゲイザーであったり、オルタナや、グランジのような、当時自分らが好きだったもの、今も好きなものをハッキリやりたいんだというのがあった。オーダーも分かりやすいし、すぐアレンジできて、それがめちゃくちゃ良かった。この曲をベルーナドームでやった時も覚えてます。リスナーたちの気迫みたいなものを感じて、お互い手を握り合った感じがあって。やってよかったなと思いました。 ――中盤の「メーデー」「レム」「SOUVENIR」という流れはすごく良かったです。緩急があっていいバランスだったなと思いました。 直井:やりながら思っていたのが、今回のセットリストが感情のジェットコースターすぎて。僕らって基本暗い曲ばっかりなので。「レム」から「SOUVENIR」って、暗めの暗い曲と暗めの明るい曲じゃないですか。この後MCで何喋ればいい?という。(笑) ――ツアーを終えた時の感触はどうでしたか? 直井:終える直前、ドームの最後のステージをハケる時ぐらいからもう涙が止まらなくて。メンバーと、スタッフ一人ひとりに感謝を伝えました。ツアー中って、ステージだけが本番ではないんです。本番に向けての各地への移動もあるし、それも大切な行程なんですよね。リスナーがこんなに待ってくれてる。チケットを買って、大変な思いをして来てくださるんですよ。だから緊張感もあるし、スタッフもメンバーが風邪をひかないよう、怪我しないよう、すごく気を遣ってくれていた。それがほぼ1年間続いた。スタッフもリスナーのみんなも一緒にツアーを作ってくれた。それが一旦終わる安心と、やりきれた喜びと、終わってしまう寂しさがありました。「窓の中から」ぐらいからずっと涙が止まらなくなってしまったけど、僕はプロだから、一生懸命ちゃんとやって。で、藤原君がダブルアンコールしたんですよね。「花の名」を歌った。 ――あれは予定になかった? 直井:なかったです。僕はもうステージをハケてたし、でもやっぱりその気持ちもすごいわかる。ただ、映像を見返した時に、リスナーへの感謝を言えてなかったなというのがあって。最終日、僕は極限状態だったんですよ。意味のないことしか言ってなかった。だから「僕はなんて失礼なやつだ」と思って。自分にムカつきましたね(笑)。 ――いやいや(笑)。 直井:でも、最高のツアーでしたね。全員の演奏も良かったし、スタッフも、リスナーのグルーヴもめちゃくちゃ良かった。改めて本当に皆さんありがとうございましたというのをお伝えしたいです。 ――個人的な印象ですが、演奏が良かったというのは客観的に見てもすごく感じました。演奏が上手いって、音程とかリズムが合っているというだけではなくて、いろいろな要素があると思うんです。ライブを観て感じたのは、グルーヴの重心が後ろになっているところの良さだと思うんですね。BUMP OF CHICKENの曲はもともとオルタナティヴロックがルーツにあるので、グルーヴの重心が前にある。つんのめって演奏しているような感覚が初期のライブにあったと思うんです。それがさっき言っていた衝動みたいなものに感じられるところがある。でも今のバンドはリズムの後ろを意識して、その気持ちよさを全員が心地よく共有している。単に技術的な上手さだけでなく、4人の空気感と意思疎通が、すごくいい具合のフィールになっているんだなっていうのは観ていて感じました。 直井:おっしゃる通り、上手さって、ジャンルが死ぬほどあるんで。何が一番いいというのは本当にないというのが答えで。だから、よく言う「下手」という言葉も、「わざとだよ」とか「これがかっこいいんだよ」ということもあるじゃないですか。正解はないと思うんです。で、僕らも本当は初めからこういう演奏がしたかったというのはあって。特にずっと4人でやってるガラパゴスバンドなので、外からの影響も受けにくいし、それを反映するのも苦手なバンドなんですよね。だから4人の中の「上手くなる」「良くなる」というのは、共通認識として、曲を100%表現した上で、それをお客さん、リスナーのみんなに丁寧に届ける、というのが「上手い」という僕らの理想なんですよね。もちろんやりたいからやってるんだというのが大前提で、そこに向けて4人各々が家やスタジオで練習して、心をフレッシュに保って、みんなが同じ意識で居続けることができたから辿り着けた。その28周年のツアーであったなと思うし。それに「まだ全然だな」って思えているのもあります。今日もずっと個人練習のリハをしてたんですけど、まだ先があると思える。もっと上手いバンドなんて沢山挙げれるし、生まれ変わってもこの人みたいにベース弾けないって人たちがめちゃくちゃいる。でも、運良くそういうアーティストの方々と交流する機会があった時に「チャマさんのこのベースラインってめちゃくちゃいいですよね」と言ってもらえたりする。それもすごい嬉しいんですよね。やっててよかったなって思う。僕は何の音楽的知識もなく自分の独学でやってきてしまったので、理論で語ることができないんですよ。でも、今は理論もルーツもしっかりある人たちがどんどん出てきている。素晴らしい時代だと思っているんです。そんな中で僕らもいろんな素晴らしさに触れられて、まだまだ自分たちも追いつけ追い越せという気持ちにさせてもらえる。本当に幸せな状況にあるなと思ってますね。 取材・文 / 柴那典